オーティス・ラッシュ〜ブルースマン


2004年5月22日午後5時半、
私は日比谷野外音楽堂のB6列74番の席に座っていた。
まわりを見渡すと、
お酒を飲みながら談笑しているグループがいくつもある。
その楽しそうな語らいをぼんやり眺めていたら
一人身の寂しさが余計募ってきた。
でも、一人で黙々とビールを飲んでいる男性も少なからずいて
そんな光景もブルースにはお似合いなのかもしれない。

2004年のジャパン・ブルース・カーニバルのヘッド・ライナーは
オーティス・ラッシュだった。
この日はサンズ・オブ・ブルースやメイヴィス・ステイプルズも出演。
私はまだオーティスの生演奏を見たことがなかったので
彼の来日を心待ちにしていた。
ところが日本に来る2ヶ月前にオーティスは脳梗塞になり
ギターを弾く事もままならなくなってしまった。
その知らせを聞いた時、
今回の来日公演は取りやめになるのではないかと思ったが、
彼は日夜リハビリに励み、日本のファンの為に
サポート役のカルロス・ジョンソンを伴って
私達の前に姿を現してくれたのだ。

「オーティスの身体は大丈夫なのだろうか・・・?」
そう思いながらステージが始まるのを待った。
オーティスがステージに姿を現す前、
弟分のカルロス・ジョンソンが
パワー炸裂のスクイーズ・ギターをこれでもかとアグレッシヴに披露した。
こんな凄腕のギタリストがシカゴにいたなんて知らなかった。

そしていよいよオーティス・ラッシュの登場だ。
夫人であるマサキさんの手に支えられながら、
ゆっくりとした足取りでステージのフロントに歩み寄り、
あらかじめ用意された椅子に腰を下ろす。
その隣りにはダーク・ブラウンのセミアコを抱えたカルロス・ジョンソンが座り、
マサキ夫人はオーティスの後方に座って、彼を背後から見守ることになった。

カルロスは病気の兄貴に代わってソロを弾きまくった。
しかし、オーティスの様子を終始気遣い、
彼の存在を忘れるようなプレイは決してしなかったのである。
カルロスがいかにオーティスをリスペクトしているのか
二人の間に流れる空気から充分察することができた。

オーティスは、全幅の信頼を置くカルロスの傍らで
時々笑顔を見せては、穏やかな表情でバッキングをしていた。
でもよく見たら、コードを押さえる指に力が入っていない。
それでも気力を振り絞ってギターを弾く振りをしている。
そんなオーティスの姿を見ていたら私の胸は苦しくなり、
涙が込み上げてきた。

その後オーティスは
『オール・ユア・ラヴ』の出だしを渾身の力を込めて発したのである。
「All your love, I miss loving, all your kiss, I miss kissing........」

 その瞬間私は心の中で叫んだ。
「・・・オーティス、頑張って!!」
話している時は呂律がまわっていなかった言葉も
歌の中ではエネルギーがみなぎり、
彼の昂揚した魂がビンビンと私の心に伝わってきたのだ。

オーティスは時折後ろに控えているマサキ夫人に合図を送り、
それを察知した奥様がすぐさま飛んできて
彼の言葉に一生懸命耳を傾けていらっしゃった。
会場がざわついているため、
発音が不明瞭になってしまった彼の言葉を聴き取るのは
至難の技だと思われたが、
それでもマサキさんは身を低くして
オーティスの言葉を必死に受けとめようとしていたのである。

甲斐甲斐しくオーティスの身を案じるマサキ夫人の様子を見ていたら、
私の心の中に温かいものが流れてくるのを感じた。
マサキさんは楚々とした美しさを持つ素敵な女性で、
日本女性の美徳とされてきた控え目で献身的な雰囲気が
そこはかとなく漂っている。
シカゴに長年住んでいらっしゃるとはいえ、
脈々と受け継がれてきた日本文化が
マサキさんの何気ない仕草に見え隠れするのを
私ははっきりと感じ取ることができた。

オーティス・ラッシュが初来日した1975年に、お二人は出会ったらしい。
今回のライヴでは、
そんなご夫妻の堅い絆と信頼で結ばれた深い愛情を
直に感じることができて嬉しかった。
私はマサキ夫人とお会いしたことはないが、
同じ日本人の女性として、
そしてブルースマンを愛した一人の女性として、
非常に親近感を覚える。


今から半年程前、
ギタリストのYさんから勧められたオーティス・ラッシュのライヴ・アルバム
「ALL YOUR LOVE I MISS LOVING
 LIVE AT THE WISE FOOLS PUB, CHICAGO」
(「オール・ユア・ラヴ〜激情ライヴ!1976」)を聴いた。
これは多くの熱狂的なシカゴ・ブルース・ファンさえも知らなかった
幻のライヴ音源で、1976年にシカゴで収録されたもの。
それが30年の時を越え、ようやく2005年にリリースされたのだ。

このライヴ盤の演奏は、
コブラ時代に収録されたベスト・アルバム
「I Can't Quit You Baby」に勝るとも劣らぬ出来映えである。
全12曲のうち、インストルメンタルのみが2曲あり、
他は全てオーティスが求愛したり失恋の痛手を語るラヴ・ソング。
ブルースの歌詞は繰り返しが多くてシンプルだけど、
ストレートな分、歌い手の力量ひとつで女性の心をわしづかみにできる。

最初の『Please Love Me』を聴いた時から、ドライヴ感や力強さ、
そして男としての艶っぽさを兼ね備えたオーティスの声に
私の心はグイグイと惹き込まれていった。

「男がいて、女がいて、そこにブルースがある。
男は自分の歌で愛する女性をモノにする。
それが歌うことの究極の目的だ。」
というようなメッセージを私はオーティスの声から受け取った。

人類の歴史が始まって以来、いつしか愛を告白する手段として
好きな異性に対する想いが歌に託されるようになった。
それがラヴ・ソングである。
いかに相手の気持ちに訴え、惹き寄せることができるか・・・。
そこが一番大切なポイントだ。

「どうしたら売れるかといった
ビジネス・ライクを気にしているようでは、
男としていい歌が歌えるはずがない。
ありったけの心を込めるんだ。それしかない。」
そんな想いが彼のブルースから伝わってくる。

11曲目の『Sweet Little Angel』はブルースの古典であり、
B.B.キングのオハコである。
しかしオーティスの歌い方も「最高にかわいいエンジェルを手に入れたよ」
という自信にあふれていてとても魅力的だ。
躍動感と勢いのある声がクールだし、
ギターの音色やフレーズに男の哀愁が感じられて、
たちまち私のハートは熱くなった。

オーティスは左利きのため、右利き用のギターをそのまま逆さまにして持つ。
ふつうギターの弦は6本あり、
一番上の弦が太く、下にいく程細くなり音も高くなっていくが、
オーティスの場合、1弦が細く、2弦、3弦という順に弦が太くなり
音も低くなっていく。
そのため、コード・ストロークやチョーキング(ベンディング)の仕方が
右利きのギタリストと全く違う。

オーティスのギター・サウンドを唯一無二にしているのは
彼特有のチョーキングにあると言っても過言ではないだろう。
これは、弦を押さえたまま、
上に押し上げたり下に引っ張たりして
音程を微妙に変える技であり、

ブルース・ギターになくてはならない重要なテクニックである。
また、ギタリストの個性がこのチョーキングの響きに
大きく表われることもある。

通常、高音部でのチョーキングは、弦を下から上へ押し上げるが
オーティスの場合、弦の張り方が逆さまになっているため、
弦を下に引っ張って指を震わせながらチョーキングしている。
ただし、同じスタイルでギターを弾くアルバート・キングの
ギター・サウンドとは異なっている。
オーティスのギターには、一種独特なもの悲しい響きがあり、
私はそこに、はかなさや憂いといった感情を強く感じる。
要するに、人の心に訴える確かな個性がオーティスのサウンドにはあり、
この誰にも真似できない音の感触こそオーティス・ラッシュの真骨頂だ。

いつの時代においても、一流のアーティストは
自分のポリシーとスタイルを持ち、それを自分なりの方法で表現する。
オーティスはまさにそんなアーティストの一人である。

2005年に古稀を迎えたオーティス・ラッシュ。
そのバースデー・パーティには多くのアーティストが駆け付け、
カルロス・サンタナからも花束が届いたと聞く。
きっとオーティスの卓越した才能と優しく誠実な人柄が
大勢のファンを呼び寄せたに違いない。
一日も早く全快されることを心から祈っている。



『All Your Love (I Miss Loving)/オール・ユア・ラヴ』
                                           Written by Otis Rush

All your love, I miss loving, all your kiss,  I miss kissing,
All your love, I miss loving, all your kiss,  I miss kissing;
Before I met you, baby,
I didn't know what I was missing

君のすべてを どんな時でも愛していたい
君のキス そのキスがいつも恋しい
君のすべてを いつでも愛したい
君のキス そのキスが欲しくてたまらない
ベイビー こんな気持ちになったのは初めてさ

All the love, pretty baby, I have in store for you,
All the love, pretty baby, I have in store for you,
Well I love you, baby, I know you love me too

この愛は かわいい君に いつでも捧げよう
この愛は いとしい君に いつでも捧げよう
ベイビー 俺はこんなにも君を愛している
君も俺のことを愛してくれてるね

Oh, oh, oh, baby,  you know I love you
Yeah, yeah, yeah, baby, you know I love you, baby
I love you baby, oh I love you so

あぁ ベイビー 愛してるよ
そうさ ベイビー 俺は君を愛してるんだ
愛してるよ ベイビー  心から君を愛してる
                                訳:Kaori

<07・3・18>







Otis Rush

























Carlos Johnson